歴史と伝統

120年の歴史をもつ「司法の日大」の由来。
それは学祖・山田顕義から受け継ぐ法の精神にあります。

山田顕義は14歳にして吉田松陰の松下村塾に入塾。
高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文らと研鑽を積みます。幕末へ向けて風雲急を告げる中で、吉田松陰の教えを守り、熱心に勉学に励んだと言います。そして山田顕義が元服を迎えるにあたって、吉田松蔭は「与山田生」と題した漢詩を扇に書き記して授け、立志の目標を示したのです。

幕末において洋兵学を学び、蛤御門の戦い、幕長戦争などで指揮官として能力を発揮。新政府の参謀となり戊辰戦争で大きな功績をあげます。その後、岩倉具視らと共に欧米諸国歴訪に出発。そこで目の当たりにした先進技術や文化が後の人生に大きな影響を与えます。「法律は軍事に優先する」ということ。

当時、明治政府は欧米の列強と条約改正交渉を進めるために近代法の整備を急いでいました。山田顕義は司法省で勤めた後、憲法、民法、商法などの編纂に携わり、日本で最初の司法大臣に就任しました。

やがて大日本帝国憲法が整備され、欧米諸国の法律だけではなく、日本の法律を教える学校の必要性が高まりました。日本の歴史・文化・伝統に立脚した日本の法律を学ぶ、日本の法律学校が。こうして誕生したのが、日本大学 法学部の前身である日本法律学校です。1889年10月4日のことでした。

本学の歴史を詳しく知りたい方はこちら

1889年(明治22年)山田顕義(時の司法大臣)日本法律学校創設
1890年(明治23年)初代校長に金子堅太郎就任
1893年(明治26年)第1回卒業式挙行46名を送り出す
1898年(明治31年)日本法律学校を財団法人組織に改組
卒業生に日本法律学士の称号授与が決定
1903年(明治36年)日本法律学校の校則を改めて大学組織とし、日本大学と改称
1904年(明治37年)専門学校令による大学となる
大学部法律学科に政治学科を併設
1920年(大正9年)大学令による大学となる
法文学部法律学科・政治学科となる
1940年(昭和15年)政治学科を政治経済学科に改称
1947年(昭和22年)新聞学科を新設
1949年(昭和24年)新学制による大学となる
法文学部を法学部と文理学部に再編
1951年(昭和26年)大学院法学研究科を設置
1964年(昭和39年)経営法学科・管理行政学科を新設
1968年(昭和43年)法学部本館落成
1969年(昭和44年)法学部大宮校舎落成
1989年(平成元年)日本大学創立100周年記念式典
2004年(平成16年)法学部図書館落成
2009年(平成21年)創立120周年
管理行政学科を公共政策学科に改称
2010年(平成22年)大学院新聞学研究科を設置
専門職大学院知的財産研究科を設置
2014年(平成26年)創立125周年
2016年(平成28年)法学部5号館(学生研究棟)落成